コラム
中国の人事制度改革、主導すべきは現地か本社か、それとも?【中国駐在】
最近、日本でも、中国の日系企業でも、人事制度への関心がここ10〜20年で最も高まっているように感じます。改革をお手伝いする機会も多いです。
人事制度改革の検討段階で突き当たる課題の一つが「誰が主導するか」。現地の人事部なのか、日本の人事部なのか、いっそ外部のコンサルに頼むのか……。
今回は、中国における人事制度の見直しを中心に、主導すべきは誰なのか考えます。根っこにある考え方は日本も他国も同じだと思います。
小島のnoteをこちらに転載しています。
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人事制度はダンベルや靴と同じ
人事制度は、ダンベルと同じ。ずっと同じ重さのダンベルを使っていると、徐々に負荷が足りなくなってトレーニングの効果が出せません。靴とも似ています。靴のサイズは足の成長や変化に合わせて調整しなければなりません。サイズが合わない靴を無理して履いていると足の健康を損ないます。
人事制度というのは、組織が成長するにつれて、ダンベルのように少しずつ負荷を上げ、メンバーの成長を促せるように調整しないといけません。また、外部環境や内部状況に変化が生じているにもかかわらず、ずっと同じ制度を使い続けると、合わない靴が足を痛めるのと同じように、かえって組織を損なうことがあります。
新たに着任した組織責任者や新規赴任の駐在員は、現行の人事制度をとりあえず運用するのではなく、それが目の前の組織に合っているかを考えた上で、制度を維持徹底するのか見直すのか判断する必要があります。これはリーダーの仕事。私も自分の会社で過去2回ガラッと変えました。現在の人事制度は3代目です。
誰が主導するかが大問題
現地経営者が主導する場合
今の人事制度が組織に合っていない、見直しが必要だとなった時、真っ先に問題になるのは「誰が仕切るのか」。これは簡単には答えが出ない問題です。
最初に挙がるのは現地経営を担う駐在員。確かに現地のリーダーではありますが、駐在員という立場がネックです。
オーナー経営者なら、組織の隅々まで理解しているし、よっぽど大きな会社でない限りは社員の顔と名前も一致しています。業務のことを最もよく分かっているのもオーナー経営者です。
一方、駐在員の任期は3〜4年。拠点のすべてを掌握しているとはとても言えないのに、さらに期限が限られている中で陣頭指揮を取ることになる。人事制度の見直し以外にも経営課題がたくさんあり、そこに振り向ける余力が確保できるかも疑問です。
経験の問題もあります。ほとんどの駐在員は、人事制度の構築や見直しに関わった経験がありません。まれに前任地の立ち上げで人事制度を作ったことがあるという人もいますが、本当に少数です。
現地の人事部門が主導する場合
現地の人事部門はどうか。労務や法律の知識はあります。人事制度の運用にも慣れています。問題は制度の構築や変革を主導できる人材が非常に少ないことです。
現地の労務、人事、総務は、ざっくりと一つにまとめてしまっていることが多いのですが、実はそれぞれ求められる人物像や資質が全然違います。
労務では、トラブルが起きた時の対応力や解決力が重要。また、ルール通りの勤務を徹底するため、法律や社内規則に関する知識が問われます。リスクを早期察知するためには、社内の(経営者や日本人には届かない水面下の)情報に対するアンテナの高さや情報が入ってくるネットワークづくりも必要です。
総務は、他部署に区分されない仕事が集まります。幅広く細々したことに即時応答する腰の軽さが必要。事務や施設の購買、食堂、社用車、駐在員のビザや住居手配…。役所、業者、日本側など対外的な折衝も多いため、フットワーク、人当たりのよさ、細やかな気配り、処理の早さが求められます。一方で不正の温床になりやすく、配置にあたってはこの面の考慮も欠かせません。
人事は、経営方針に基づく組織や人材のあり方を踏まえ、仕組みを構想・構築して、組織や人材の育成・能力発揮を促す部門です。今の経営課題と、経営者が求める近未来に向けた組織像を仕組みに落とし込むため、引き出しの中からツールを見繕って組み合わせていかなければなりません。経営的な目線、組織構想力のほか、手持ちのツールをどう使って組織をどのように動かしていくか、システム思考に近いものが求められます。
この中で最も希少であり、専門性を持っている人がいないのが人事です。労務や総務では優秀な管理者を何人も知っていますが、自立して本来の人事機能を担える人材はまずいません。日本本社や駐在員が直接担当していて、現地人事に学ぶ機会を与えていない領域もあり、人事制度に関する知識や経験は相当に限られています。
経験がなくとも適性があれば学びながら対応することも可能です。しかし、労務や総務とは違う適性が求められるため、中国のように日常労務から担当することが多い海外人事労務部門(人事総務部門)では、人事への適性はあまり重視されず、人材が手薄になりがちです。
また、制度づくりの主導においては、格の問題もあります。人事部長や課長などが改革を仕切るとして、他の部署にも部長や課長、工場長などが存在します。同格あるいは自分より上の人たちがいる中で、その処遇に関わることを決めていくとなると、社内でどこまで影響力を行使できるか。人事が決めたことに対して、どこまで他の部署が腹落ちし、協力してくれるかという点に大きな課題があります。
日本の人事部が主導する場合
日本の人事部ならどうでしょう。これも知識と経験に難があります。スタートアップを除き、現代の日本の会社で人事制度をゼロベースから議論する機会はほとんどないと思います。せいぜい10年か20年に1回程度。
たまたま見直しのタイミングでプロジェクトチームに入った人でなければ経験するチャンスがありません。特に規模が大きい会社は細分化しているので、人事畑であっても人事制度づくりや制度改革を主導したことがある人は少ないです。
ましてや中国は異文化圏。日本で機能する制度が必ずフィットするとは限りません。これは逆の立場で考えれば分かりますよね。中国で通用する制度をそのまま日本に持ち込んでも機能するとは限らないのと同様です。私の経験上も、日本と中国の違いはかなり大きいと思います。相当程度、現地用にカスタマイズしないと通用しない。ここをどうアジャストするか、力量が問われます。
社内影響力も気になります。日本の人事が主導したことに対し、現地拠点の人たちが自分事としてとらえてくれるか。下手をすると現地人事以上に遠い存在かもしれません。
外部のコンサルタントが主導する場合
最後に、外部のコンサルタントはどうでしょうか。日本をメインに活動するコンサルタントは、現地経験が乏しい場合があります(事実、日本のコンサルティング会社に依頼したが、途中で無理と言われて私に相談が回ってきたことも何度か)。
また、日本・中国にかかわらず、制度の導入までこぎつけたけれど、実際にはうまく機能せず、作り直すことになったというような話は少なからず見受けられます。安くない費用を払っても、本当にその地域のその拠点で機能するかどうか、運用してみるまで分かりません。
日本側に対する説得力も不安材料です。日本の本社には、人事制度や人事のあり方についての経験、知見、プライドがあり、外部のコンサルタントが日本側の理解を得るのはかなりのハードルです。現地側に対しても同様に、外部が介入して本当に影響力を行使できるのか、みんなが納得して従うのか、多少なりとも疑問があると思います。
人事権を握るべき人が主導する
絶対的な適任者はいない
ここまで見てきた通り、誰が主導しても一長一短。人事制度改革を主導する絶対的な適任者はいません。その中で、あえて主導者を選ぶ場合にはどんな基準を用いればいいでしょうか。
私の結論は、「人事権を握るべき人が主導する」。「現地のリーダー」でなく「人事権を握るべき人」としたのは、経営を現地化している場合を除外するためです。
例えば、すでに現地からトップを登用している場合、本当にその人に人事制度を作らせて人事権を握らせていいのか、企業統治の観点で考える必要があります。他にもさまざまな点を考慮しないと判断が難しいので、やや間接的な表現ですが「現地の組織において人事権を握るべき人」としました。
人事権を分解すると
では、「人事権」とは具体的に何か、分解してみましょう。解雇とそれ以外の処遇、大きく二つに分けられます。
解雇を決めるのは就業規則です。就業規則には、人事制度ほど会社ごとの差異はありません。ざっくり「これをしてはいけない」という「べからず集」ですね。
就業規則は解雇もできる強いツールですから、駐在員自身がきっちり把握しておく必要があります。毎回改定する必要まではありませんが、実際に運用する中で「使いづらい」「こうした規定も入れたい」と思うことがあれば、その都度見直します。人事部門に任せきりにしたり、人事の解説を聞いて「ふーん」と流してしまってはいけません。ぜひ自分で読み、疑問点があれば周囲に聞いて、納得できるルールになっているか確かめてください。
解雇以外の処遇、つまり採用を決め、配置をし、評価を行い、その上で昇格や降格、任命といった処遇を決定していくのが人事制度です。解雇を除くほぼすべてが人事制度によって決まります。
就業規則と人事制度を握っている人こそが、最終的な人事権を握っていることになります。現地の人たちは人事権を持つ人にしか従いません。くれぐれも他者に渡してしまわないように注意して、人事権を握るべき人が両方をしっかり押さえておいてください。
「主導」とは?
「人事権を握るべき人は間違いなく自分だが、パワーや経験の問題はどうするの?」と思う人もいるかもしれません。例えば、いきなり現地経営者として赴任したけれども、人事制度に触れた経験はほとんどない。ましてや外国だし…というような駐在員です。
そんな人に私が伝えたいのは、「主導する」=「本人が実務の推進をすべて担う」ではないということ。ここでいう「主導」とは、「主導する人の意思によって動いている」状態に持っていくことです。
誰の意思で始めた見直しなのか、新しい制度には誰の意思が反映されているのか、そして最終的に誰が導入を承認したのか。すべて自分であり、人事やコンサルの話を鵜呑みにしたのではない。制度には自分の意思が込められていて、問題や疑問があれば「私に直接聞いてくれ」と言える。これが、私の定義する「主導」です。
このような意味での主導は、やはり人事権を握るべき現地のリーダーが行います。実務面の主導は人事や外部コンサルに任せても大丈夫。私たちがサポートする場合、リーダーの意思を私たちが具現化して制度を起草し、運用前のチェック段階に人事が加わって、全体像を理解しながら、最後の試算、導入後のフォロー準備などを一緒に詰めていきます。評価制度の場合は管理職も巻き込みます。
間違えるとどうなる?
実務的な主導は他の人でもできますが、リーダーが「私の意思でやっている」と明確に示さなければ、うまく進めることはできません。
これで失敗するプロジェクトはたくさんあります。代表的なのは「ちゃぶ台返し」。人事と外部コンサルに任せ、「想いだけは伝えたから、あとは形にして持ってきてくれ。必要な時にはチェックするから」といった場合に起きがちです。
人事制度の見直しにはだいたい半年から1年はかかります。その間、人事は「ちゃぶ台返し」が起きないようにリーダーにちょくちょく報告・確認するのですが、この時点でリーダーがまだ他人事だと、「これでいいんじゃない」「とりあえず進めてみて」などと流し続けてしまいます。
自分事になるのは、いよいよ本決まりになり、これで導入するとなった時。これによって全員の給与や立場が決まるとなって初めて、リーダーも当事者目線でチェックします。で、「誰がこんなことを決めたんだ!」
……1年以上かけて進めてきたものが白紙に戻り、人事もコンサルも呆然という事態に陥ります。
「ちゃぶ台返し」は特にオーナー系で多く、大会社だと人事制度を主管する役員などがやります。これは誰も幸せになりません。リーダーも自分の思いとは違う制度が出てきて不安になるし、気を使ってお膳立てをしてきた人事も、時間をかけて制度を練り上げたコンサルも大迷惑です。
物分かりのいい経営者であれば、たとえ自分の思いとズレがあっても「自分がOKを出したものだから、とりあえずそれで」と導入し、ちゃぶ台返しをしないこともあります。その結果として起こる失敗が「形骸化」です。
しっくりきていない制度は丁寧に運用しない。そのためにどんどん形骸化していきます。
制度の見栄えはいいんです。「我が社でも一流のコンサルを使って、こんな人事制度を作りました」と外向けにアピールする材料にはなります。ただ、現場が腑に落ちて使えているか、制度によって組織の活力が高まったかといった点では、まったくダメと言わざるを得ません。
経営者も「いい制度でしょう」とは言えるのですが、外部任せで作っているため中身はよくわかっていない。結局、自身がトンチンカンな運用をしてしまって、社内に「なーんだ、この制度に基づいて処遇するわけじゃないんだ」と思われ、誰も制度を本気にしなくなります。
また、現地の人事などが主導する場合によくある失敗は、彼らにとって都合がいいお手盛りの制度になりやすいことです。これは人事が悪いわけではありません。
管理者や幹部の意見を取り入れて制度を作ると、どうしても経営者目線ではなく労働者目線になります。人事であれば、制度を運用する側の目線、他の部署から恨みを買わない目線で作ってしまいます。
その結果として、悪い意味で「優しい制度」が出来上がります。挑戦・成長・貢献を促すどころか、保守的で成り行き管理的な制度になってしまいます。
こうした失敗の原因は、やはり人事権を握るべき人が人任せにしていて、自分の意思を込めていないことです。リーダーは据え膳や試食の立場ではダメ。「ここは変えたい」「こういうことはやめにしたい」という意思を強く持つ必要があります。
今日のひと言
人事制度は人事権を握る人が仕切れ!
人事制度は人事権を握るべき人が仕切らなければなりません。制度づくりの実務を自分でやる必要はなく、そこは社外の専門家に任せてもいいし、社内で能力がある人に任せてもいい。ただし、こういう制度を作りたいという思いは込めて、ほかでもない私が作った制度だと言えるようにしておくことが肝心です。
「形にするのは専門家の助けを借りたが、制度の根幹には自分の思いが込められている。異議異論がある人は、直接私に言いなさい」と主導者が言い切れるかどうか。これが実際に全員が制度を受け入れ、真剣に運用しようとするかどうかの大きな分かれ目になります。
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この記事を書いた人

多文化混成組織の支援家、Dao and Crew 船長。
事業環境のシビアさでは「世界最高峰」と言われる中国で、日系企業のリスク管理や解決困難な問題対応を 15 年以上手がけ、現地で「野戦病院」「駆け込み寺」と称される。国籍・言葉・個性のバラバラなメンバーが集まるチームは強いし楽しい!を国内外で伝える日々。