コラム
今すぐ点検! 中国でよくある危険な契約内容10選【中国駐在サバイバル】

ビジネスの実務における契約ごとは保険に似ています。取引がうまくいっている間は、内容を見直したり、契約に基づいて請求したりすることはほぼありません。契約と関係なく業務が回っている会社がほとんどです。
ところが、揉めごとが発生した、取引を打ち切りたい/突然打ち切られた、裁判沙汰になりそう/訴えられた……といった問題が発生した途端、契約が焦点に。お互いの責任と権利の範囲、違約時の補償など、どう約定しているかが非常に重要になります。
今回は、中国の実務で遭遇してきた「こんな契約内容はマズい」を紹介します。駐在員の皆さんもぜひチェックしてみてください。
小島のnoteをこちらに転載しています。
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締結時のえびす顔、解除時のえんま顔
契約を締結する時は、合意して握手をして笑顔でサインします。「これから一緒に頑張っていきましょう」とお互いに「えびす顔」。
一方、解除時は「えんま顔」になりがち。解除する側は不満を抱き、解除される側も本意ではないことが多いため、「今までどうもありがとう」と握手して終わらせるのはなかなか難しい。私に契約絡みの相談が来るのも、ほとんどが解約で揉めた時です。
契約は結ぶ際にはあまり隅々までチェックしません。どちらもえびす顔ですから、チェックしなくても回ります。
とはいえ、失礼ながら「いくら何でもザルなのでは」と言いたくなる契約条項の数々……。何かあった時のために、くれぐれも締結時にちゃんと見てほしい。そんな思いを込めて、実際にあったヤバい契約内容をご紹介します。
実際にあったヤバい契約内容10選
①先方に落ち度があっても違約金
供給された部品の品質に問題があった、リース車両のドライバーが交通ルール違反で事故を起こしたなど、相手に100%非があるケースです。品質や安全に関わる行為を働いたのは相手方なのに、いざ契約解除しようとしたら、こちらから解除を申し出る場合は賠償金を払わなければならないという条項がある。すべての落ち度が相手側にあったとしても、です。
②部品の供給保証が半永久的
部品を客先に納入している会社が結んだ契約です。補給品供給やメンテナンスに年限がなく、無期限保証であるように書かれていました。これを終わらせるのは相当大変です。こちらが生産・供給を停止しても、相手に「契約だから今後も補給品やメンテの対応はお願いね」と言われてしまうと、事業撤退するのも難しくなります。
③請負なのに売買契約
自動化・制御系のシステムを入れる場合、普通は請負契約を結びます。検収して問題なく動くことが確認できるまで、最後の支払いは止めおくことができます。なのに、現地社員が悪知恵を働かせ、あえて売買契約で締結する。サプライヤーが「売った後は知らん(対応が必要なら別途有償で)」と言える内容になっています。
当然、これは双方が結託しています。社員は見返りをもらう代わりに会社にとって不利な条項を認め、サプライヤーはシステムに問題があるたびに「それは別料金」とやるわけですね。
こちらが頭に来て契約を解除しようとすれば、「そうですか、では我々は対応しません。勝手にどうぞ」。納入して無事に稼働するまでがサプライヤーの責任のはずなのに、そう言えない契約になっていることがあります。
④解除時は契約残り期間の全費用負担
「契約を解除する時は、契約の残り期間の全費用を負担する」。これは社用車・食堂など総務系の契約で、相手が提供する雛形を使っている場合にありがちです。
不正や対応悪化があり業者に契約解除を申し入れたら、「わかった。では、残りの4年半の料金を全額払ってくれ」と言われる。実は5年契約を半年前に更新したばかり。そんな要求は認められん!と腹を立てても、約定してしまっていたら苦しいのはこちらです。
⑤支払いが滞っても供給責任あり
取引は双方に責任があります。支払いがなければ供給を止めるし、逆に支払いがあるのに勝手に供給を止めることはできません。でも、特に相手が客先の場合、契約の支払条件がすごくゆるいことがあります。
実際に支払いが滞らないと契約を解除できない上に、「滞った」と認められる期間が異常に長く、180日くらいになっている。向こうが支払いをしない間、こちらは「ほんとに大丈夫か」「夜逃げするのでは」といった不安を抱えながら半年も供給し続けなければなりません。
契約上は供給責任があるため、相手から発注がある以上、一方的に停止するのは契約違反、裁判覚悟ということになります。「裁判になったらイヤだしな……」とダラダラ供給を続け、結局、回収不能になってしまいます。
「支払期日から1週間遅れたら一旦供給を止める」「支払いが確認できた分を供給する」という契約を結べていれば避けられますが、担当者の話を鵜呑みにして相手の雛形に印鑑だけ押していると、こういうことがあり得ます。
⑥”最終解釈権”は甲にある
「本契約の最終解釈権は甲にある」も要注意です。甲はもちろん相手側。これは「相手に全部を委ねる」という意味ですからね。
さすがに日本ではやらないと思いますが、海外で外国語の契約書が回ってきて、しかも期日ギリギリだったりすると、ついサインしていませんか。
商談時の印象もよかったし、「締結する時はえびす顔」で細かいところまでチェックせず、いい取引先が見つかったと喜んでいると、こんなトンデモ条項がしれっと入っていることがあります。
⑦口頭で値引きに応じたが契約に入っていない
契約交渉時に口頭で「今回は特別に20%、最初の契約更新まで値引きさせてもらいます」と言っていたのに、請求書が回ってきて「あれ?」。値引きが反映されてないじゃないかと文句を言っても相手は知らぬ存ぜぬ。テナントや工場・土地の賃貸でよくあるケースです。契約書には標準の金額でサインしているため、今さら抗議しても泣き寝入りです。
⑧契約解除時は予想損失までこちらが負担
契約解除するなら、いま被る損失だけではなく、未来の予想損失までこちらが負担しなければならないという契約条項もありました。いやいやどうやって計算するんだ……と言いたくなりますが、これにサインしてしまっていると、解除するなら追い銭を積んでいけという相手の要求を拒否するのが大変です。
⑨実は別会社との契約だった
日系サプライヤーA社と契約することになり、経営者同士の顔合わせまでして契約締結したにもかかわらず、数年後にトラブルがあって契約書を引っ張り出してみたら、実は別の会社との契約になっていたケース。
経営者はA社という前提で承認したのに、契約書はB社の名義で、実際の供給もB社がやっていた。担当を呼んで事情を聞こうとしても、締結当時の担当はとっくに離職。契約自体はB社との間で有効なので、こちらから解除を提起しようとすると、①や④の問題が出てきます。
⑩そもそも契約を交わしていない
最後は、そもそも契約してなかったケース。そんなことはないだろうと思われるかもしれませんが、結んだつもりで書面が存在しないことは現実にあります。
トラブルになった際、ここに挙げたような契約状況では、自社不利からのスタートを余儀なくされます。
冒頭で述べたように、契約は保険と同じ。不幸にして問題が起きた時、自分たちの身を守るためのものです。その効力がないどころか、むしろ相手側を有利にしているとなれば、戦う前から負け確定です。これらの事例は決してレアケースではありません。もしかしたら御社にもあるかもしれませんよ。
リスク抑止への道
抑止策①相手の雛形を使わない
リスク抑止のためにできることの筆頭は、相手の雛形を使わないこと。提供されるものを使う方が楽ですが、雛形を作る側は、自分たちに有利な内容で用意するのが当たり前。使わないに越したことはありません。
力関係によって一概に言えないものの、相手が持ちかけてきた取引であれば「うちの雛形で」と言いやすいですよね。「どうしてもこちらの雛形で」と相手が言い張るようなら、何かあるかもと考えた方がいいと思います。
抑止策②契約書を自分も読む
現地社員が契約書を持ってきて、口頭で説明され、よく見ないで印鑑を押してしまう。海外拠点でものすごくよくあるシーンです。締結時には将来のトラブルを想定していないため、こんな恐ろしいことができるわけです。
自分の財布で高額商品を買う、家を建てる、または連帯保証人になってくれと頼まれたなら、口頭説明だけでサインするでしょうか。自分がひどい目に遭わないように、ちゃんと内容を確認しないと不安ですよね。
会社の決裁・承認責任者が自分の行為に責任を持つのはビジネスの基本中の基本。責任者の立場なら、自分でも内容を確認することをお勧めします。
今はAIが発達しているので、社員に契約全文を訳させるような膨大な手間をかけなくても、ある程度の内容はチェック可能。100元、1,000元の契約まで同じ基準にしていては実務が回らないでしょうから、線引きの仕方は工夫が必要です。金額の基準を設け、「一定金額以上の契約は日本語版が必要」とするのもいいと思います。この際は翻訳の質確保も気をつけてください。
抑止策③締切効果を悪用させない
今日締結できないと困る、今から翻訳では間に合わないと言って、いつもギリギリに契約書を持ってくる部下はいませんか。「もっと早く持ってこいよ。本来なら承認できないんだぞ」などとブツブツ言いながらも印鑑を押してますよね。
常習犯の場合、期日を悪用している可能性が高いです。ノーチェックで承認させるために、わざとギリギリの状況を作り込んでから来る。「彼はいつもルーズで困るよ」などと言っている場合ではありません。
悪用させないためには、「今回だけだぞ」と言ったのであれば、2回目からは毅然と弾かなければダメ。業務に影響があっても拒否し、起きた問題は契約担当者の責任にして、徹底的に追及してください。ここまでやると、締切の悪用はさすがに減るか、なくなります。
これらが現実的でない場合…抑止策の決定版
さて、この3つの抑止策、現実的に可能でしょうか。客先に「おたくの雛形は使わない」とは言いにくいし、自分で契約書に目を通すのは、訳してくれたってなかなかしんどいです。締切間際に持ち込まれた契約書は承認しないぞと意気込んでも、複数の部下に波状攻撃でやられたら対応だけでキツイ。「正直、どれも難しい」というのが本音だと思います。
抑止策①〜③が難しい場合の抑止策は、「締結前に外部チェックをルール化する」、これしかないです。契約書にサインする前に外部の弁護士などに契約書を回し、社外の目を入れるという方法です。
外部チェックが入っていない契約は承認しないというルールにしてしまえば、承認する側は簡単です。日本語でコメントを入れられる外部業者に依頼して、稟議が回ってきたら、外部チェックの有無を確認し、コメントで指摘された事項だけ見ればいい。軽微な指摘は変えられれば変え、このままでも特段の問題はなさそうなら承認して終わりです。
期日ギリギリに持ってくる輩に対しても、外部チェックが入ってないものは差し戻しでおしまい。外部コメントで「この条項とこの条項は絶対飲むな」とあれば、「この指摘事項を直して持ってきて」で済みます。
私たちも不正防止プログラムでこのサービスを提供しています。千人単位の会社でも実際に回していますから、数百人、数十人の規模なら十分回ります。ものすごい数の契約書が日々飛び交うような状況だと大変かもしれませんけど、そういう場合は悪用もされやすいので、パワーをかけてルール整備する価値はあると思います。

契約書の外部チェックで得られるもの
契約承認には外部チェック必須というシンプルなルールにすると、費用こそかかりますが、こちらの手間・時間は激減します。プロの方がチェックは早いし、自分は指摘された部分を見るだけです。言葉の問題も気にしなくてよくなります。契約に関する専門性も、社内法務より外部の専門家の方が高いでしょう。
さらに重要なのは、例外の作りにくさです。社内承認フローだけでは「どうしても急ぎで!」と言われると、つい応じてしまい、本来は全部チェックしなければいけないのに、忙しさにかまけて見ずにサインする……なんてことが起こりやすい。
「外部チェックは?」「まだです」「じゃ、してもらって」という流れなら簡単です。いくら時間がないと言われても、「時間がないのはオレのせいじゃないよ」と反論しやすい。決定的な抑止策はこれしかないと私は思っています。
すでに締結済みの契約はどうしようもないかというと、無期限契約でなければ更新があります。次に更新を迎えるものから外部チェックを入れるという形で進めれば、ほとんど社内の労力を使わずに契約リスクを軽減できます。
中国はプロ市場、コア業務以外は外部を使い倒せ
最近の中国事業は完全にプロの世界です。過去のように、大胆にチャレンジして、機会をうまくつかめば、自然と利益が生まれるような市場ではない。常に創意工夫し、競争に勝ち抜かなければ利益を出せません。
その代わり、市場規模が大きく、サプライチェーンも整っていて、プロにとってはまだまだ利益が見込める有望な市場です。このような事業環境においては、コア業務以外は外の資源を使い倒すのが基本です。
野球でもサッカーでも、リーグのレベルが上がっていくにつれて、チームがすべてを自前でやることは難しくなります。下部リーグにいた頃は監督が全部判断していたのが、どんどん分業が進んでいきます。
データ分析、画像解析、身体のケア、メンタルケアなど、あらゆるところでそれぞれの分野のプロがチームに入ってきます。今までスポーツとは縁がなかった人たちが専門性を武器に活躍することもあるでしょう。監督は本来のコア業務=結果を出すことに専念します。
これは経営も同じ。まだそこまでしなくてもいい国・市場もあるものの、中国市場では経営層はコア業務に集中し、付加価値をどうつけていくか、創造性をどう発揮していくか、常に考えていないと追いつかないと思います。
それ以外は外部を使い倒し、そのコスト分を上回る利益を確保すればいいという発想で分業していきませんか。
今日のひと言
契約は防衛策、ケチらず精査を
契約は保険、防衛策です。いざという時に頼りになるか、自分たちを苦しめるものになるかは、締結時にかかっています。自前でやるのは大変ですから、ここはケチらずに外部を使って精査するのがいいと私は思います。
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この記事を書いた人
多文化混成組織の支援家、Dao and Crew 船長。
事業環境のシビアさでは「世界最高峰」と言われる中国で、日系企業のリスク管理や解決困難な問題対応を 15 年以上手がけ、現地で「野戦病院」「駆け込み寺」と称される。国籍・言葉・個性のバラバラなメンバーが集まるチームは強いし楽しい!を国内外で伝える日々。