コラム

本社の期待が駐在員を追い詰める…「海外ですぐ結果を出せ」の罠

2026年01月30日
中国駐在…変化への適応さもなくば健全な撤退

日本からMLBへの挑戦では、同じスポーツなのに適応に苦しむ選手が後を絶ちません。企業の駐在員も同様。日本でエースだったからといって、中国やインドで即結果を出せるかというのは別問題です。本社が結果を急がせてプレッシャーをかけていると、せっかくの人材を潰してしまいます。

毎週水曜に配信するYouTube動画のテキストバージョンです。
小島のnoteをこちらに転載しています。

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本社から駐在員へのプレッシャーが強まっている

文化圏を跨いだら実績はリセット

最近、現地で日本本社からのプレッシャーが強まっているという話を聞きます。曰く、「赴任後の立ち上がりが遅い」「とにかく迅速に進めるように」「早く結果を出してくれ」。特に期待されているエースほど強く言われるようです。

これではせっかくの人材を潰してしまいます。現地で場数を踏み、修羅場をくぐり、さらにパワーアップして帰ってきてもらわないと困る人たちを潰してしまっては元も子もありません。本社・本人・現地法人、すべてが被害者になります。

基本的には、文化圏を跨いだら実績はリセット。アメリカで結果を出した人が中国で通用するかどうかは分かりませんし、イギリスでやってきた人がベトナムで同じように活躍できるとは限りません。

文化圏が違えば、越えなければいけないハードルが増えます。これまで積み上げてきた実績を直線的にとらえ、その延長線上で成果を期待しても過度なプレッシャーになるだけです。

特にこれまで異文化圏や多文化共生の環境で仕事をした経験のない人には配慮が必要です。言葉が通じない環境に初めて赴任する人に、国内転勤と同じような感覚でプレッシャーをかけたら潰します。

なぜ成果を急かすとエースでも潰れてしまうのか。理由を四つ挙げます。

成果を急かしてはダメな理由

理由①立場が変わる…課長と部長以上は大違い

日本でも、課長までは本人のスーパープレーで何とかなります。課長なら部下は5〜10人、最大でも15人といったところですから、部下たちの管理・育成がうまくできていなかったとしても、個人プレーで帳尻を合わせることが可能です。

ところが、部長以上では仕事のやり方が大きく変わります。業務ボリューム的にも、自分のスーパープレーだけでは何ともなりません。

海外赴任の場合、一般的に、日本で課長クラスだった人は低くても部長、場合によっては現地社長(総経理)のポジションで赴任します。

例えば、経理部門から赴任した人が現地の管理部門を統括するポジションにつくケースがあります。経理出身者、特に大企業から来た人は、普通は人事・総務は門外漢です。税務・財務に加えて人事・総務まで週末残業で片付けるのはたぶん無理でしょう。

いざとなったら自分の力で何とかするというやり方でエースと目されるようになった人は、赴任先ではその手法が通用しなくなります。適応だけでも時間がかかり、場合によっては適応できずに終わる人もいるかもしれません。

理由②仕事の中身が変わる…KPIと資金繰り

同じく経理畑からの赴任者の例を挙げましょう。誰もが知る世界的な大企業では指標(KPIやKGI)による管理が当たり前になっており、経理のエース級の仕事もこういう指標や管理会計的な分析が中心でした。

このエース課長が中国の統括本部に財務部長として赴任、執務を始めて1年も経たない頃に事件は起きました。

経営企画部の責任者も兼任していた総経理(現地社長)が、週末に会社でデータの整理をしていると、どうも引っかかる。何がどう引っかかるのかも分からないまま、数字の整理を続けていくと理由を発見しました。「3か月後に資金がショートするじゃないか!」

そんなことはあり得んだろうと精査していくと、確実にショートする。財務部長を呼び出して状況を確認していくうち、実は資金繰りの実務経験がなく、資金繰りという発想も希薄だったことが判明しました。

ここから総経理主導で資金繰り表を整理し、本社に掛け合って緊急で本社への支払い分を止めてもらい、各方の調整を図った結果、何とか資金ショートを回避することができました。エースの財務部長はこれを呆然と見ているだけでした(この件が一段落した後、本社に帰されました)。

日本の大企業に勤めていると、資金ショートのリスクに遭遇することなどまずありません。理論としては知っていても、実際に「出入りのタイミングを間違えると支払いができない」というリスクにリアリティはありません。自営業なら基礎の基礎を、むしろ大企業のエースが経験していないという事態はよく起こります。

これは人事労務や調達でも同じ。日本では、長年の経営・培った信頼関係・各業務に習熟した部下たち・整備されたシステム…といった「巨人の肩」の上に乗った状態で仕事を始めるため、こういった土台の整っていない海外拠点に来ると、同じ部署でも仕事の内容がまったく違います。

拠点の管理レベルの高さと難易度は反比例します。管理がしっかりできているところならマネジメントは難しくない。日本の感覚が通用すると言ってもいいでしょう。一方、管理レベルが低い拠点は、相手を引き上げるか、自分が下りていくしかありません。すぐにレベルアップはしないので、結局は後者しかない。自分の経験してきた領域でも難しいのに、未経験の業務ではさらに適応に苦労します。

「慣れた領域だから、すぐにガンガンやれるだろ」という見方は現実と乖離しており、こういう期待をかけることは危険です。

理由③言葉と気質の壁…PDCA、ルール、商人

言葉と気質の壁を理解し、乗り越えるには時間がかかります。PDCAで考えても、日本は慎重に検討を重ね、ゴーサインが出ると早い「PPPPDCA」で回しますが、中国は「P」がありません。「DCADCADCA」でとりあえずやってみる。手応えがあれば掘っていき、調整した方がよさそうなら調整し、ダメそうなら手を引いて次へ。これを高速回転するのが中国です。資料整理も会議設定も、業務の仕方がまったく異なります

ルールに対する考え方も違います。日本は世界的にもルールを真面目に守る国だと思われています。横断歩道で赤信号だと車が来てなくても止まります。他のアジア諸国はもちろん、欧米でも信号をそこまで遵守する人はいないそうです。

信号だけではありません。アジアの国では「契約はその時の意向を示したものに過ぎない」という感覚を持っていて、もっと大きな利益が見込めそうであれば平気で破棄することがあります。

これは善悪ではなく、ルールに対する感覚の違いです。ルールがあればそれを守るという国で仕事をしてきた人が、ルールは破るためにある、隙あれば破ろうとする人たちの世界に入っていけば、自分が無意識に仕事の前提としてきた信頼性が崩れます。ここをセットし直さなければいけません。

人々の気質も大きく異なります。ハンチントンは『文明の衝突』で、文明をカテゴリーに分類した際、日本だけを「日本」という単独のカテゴリーに置き、匠の世界・職人気質と位置づけました。独自のカテゴリーなので、他の国のどことも異なる文明圏です。

職人はいいものを作ること自体に価値を見出す。他人が何と言おうと、自分がいいものをコツコツと作っていればいずれは認められる、たとえ認められなくても分かる人にだけ分かればそれでいいと思っている。これは人生哲学であり、利害を超えた感覚です。

一方、中国は典型的な商人気質です。それが今の自分の利益になれば、売るものは何でもいい。より効率的で、より大きく儲けられれば、スリッパでも携帯電話でもロケットでもかまわない。これが商人の感覚です。

職人と商人が本当にお互いの価値観を理解するのはなかなか難しく、一朝一夕には無理です。数週間の研修で理解できるような感覚ではありません。腹落ちするには年単位で経験を積み、対話を重ねる必要があります。

理由④組織原則の違い…意思決定、横連携、自立

日本は「みんなで決める」のが当たり前ですが、中国では意思決定はボスが下すもの。日本のように横連携して動いていては、ボスに対する越権行為と思われて首が飛びかねません。中国社会では意思決定をしないのが生き残る術なんですね。

横連携が当たり前という社会もあれば、基本的には横はライバル、お互いに不干渉で、横連携させようにもできない社会もあります。中国は典型的な後者です。

また、特に欧州の国々では、それぞれが自立して仕事をしています。役職は役割の違いに過ぎず、上下の線引きもなくて、自分の役割を完結してチームワークで回していくスタイルです。しかし中国では、自分たちでやれるからといってどんどん進めていってはまずい。自立することが求められていない社会があるということを、こちらも受け止めていかなければいけません。

日本でエースになるような人は、自分のことはもちろん自分でやり、部下たちにも「自分で考えてどんどんやって」という態度で接してきたはずです。それが「自分で考えて」が通用しない社会に赴任してしまった。自分が全部考えるか、それとも彼らが自分で考えるようになるにはどうすればいいかというところからやり直すか。どっちにしろ時間がかかります。

今日のひと言

むしろ半年は適応に時間を使うべき

本社はこういう事情を踏まえて、「早く結果を出せ」「立ち上がりが遅いぞ」とプレッシャーをかけるより、むしろ「半年ぐらいはしっかり現地の状況を見て適応しろよ。ここに時間を使っていいから」と伝えてほしいです。

現地の現実を受け止めながら、まずは適応して、今まで自分が培ってきたものがどこまで通用するか、どこからが新挑戦か、よくよく見定めながら、空回りしたり、上滑りしたり、自爆したりすることなく、しっかり地に足をつけて進んでいけるように見守ってあげてください。

初めから変にプレッシャーをかけて上滑りさせてしまうと、業務への影響はおろか、期待のエースを潰して強制帰任ということにもなりかねません。現地で経験を積み、さらにたくましくなって戻ってきてもらうために、最初は焦らないことです。

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この記事を書いた人

小島 庄司Shoji Kojima

多文化混成組織の支援家、Dao and Crew 船長。
事業環境のシビアさでは「世界最高峰」と言われる中国で、日系企業のリスク管理や解決困難な問題対応を 15 年以上手がけ、現地で「野戦病院」「駆け込み寺」と称される。国籍・言葉・個性のバラバラなメンバーが集まるチームは強いし楽しい!を国内外で伝える日々。