最近の労務問題を扱っていると、従業員がSNSやAIで情報を得て知識武装しているなと感じることがあります。彼らの主張のうち、法的に正しいこと、間違っていること、双方とも間違いではないことを峻別できる目が会社側にないと、反論の仕方を誤り、不利な立場に陥ります。
───────────────────────
私が最初に意識したのは中国ですが、おそらく遅かれ早かれ、他の地域でも同じようなことが起きてくるのではないかと思います。
新しい科学技術が社会に実装され、生活の中に入ってくるスピードは、特にこの10年、中国が飛び抜けて早いです。中国の若者は、かなりカジュアルにSNSやAIを自分たちの生活に取り入れています。
すでに買い物や旅行先に関する情報源はSNSがメイン。子供の受験や教育、健康管理についても、SNSを辞書代わりに活用する人たちが増えました。さらに最近では、それがAIに置き換わりつつあります。
仕事でも同じです。会社に不満や疑問があるとAIで調べて、それを踏まえて「会社のルールは法令違反じゃないですか」「政府がこういう管理はしないようにと指導しているはずですが」などと言ってくることが、少しずつ出てきました。
私もそうした相談を受けることがあり、実際に若い人が書いたり話したりした内容を見ると、「これは明らかに専門家じゃなくAIに相談したな」と感じることが増えてきました。
労務問題を扱う専門家は、普通、会社から反撃を受けそうなことは言いません。突くのは会社の不備に絞り、グレーゾーンなことや、会社にも反撃の余地があることは巧妙に避けます。そういう書面を目にすると「これはかなりの手練が書いたな」と唸るわけですが、AIが出してきたものには、いまのところそういうことはありません。
AIが会社の現状をすべて踏まえて回答していることはなく、自分に都合のいいところだけ切り取っています。部分的には鋭いけれども、部分的には無茶苦茶なことが書かれている。こうしたケースは多いですし、これからもますます増えていくでしょう。
このような時代に、会社の組織管理をどのように適応させていけばいいのか、私が現時点で感じていることをまとめてみます。今はまだAIが労務管理や組織管理に入り始めた段階ですから、さらにAIが高度化し、活用のあり方が成熟していくと、見直しや追加が必要になってくるかもしれません。
SNSやAIが提供する情報は、正確性に非常に大きなバラツキがあります。「よくそんな規定を見つけてくるな」と舌を巻くような優れた内容がある反面、「いったいどこの話なんだ」と言いたくなるような明らかな間違いも混在しています。
これはどんな分野でもAIにありがちなこと。中国の労務管理も同じです。若い人がいきなり「法律違反だ」と言ってきたり、それらしき根拠まで出してきたりしたからといって、過度に恐れる必要はありません。
でも逆に、「どうせAIだろう」「若いのがまたいい加減なことを言っている」と過度に軽視するのも危険です。非常に正確な可能性もあれば、まったくの的外れである可能性もあり、情報を持ってきた時点では何とも言えません。どちらもあり得るという前提で向き合うべきです。
その上で、会社がどのように対応するか、あるいは対応に値するかを判断するためには、まず情報源を冷静に確認する必要があります。
一つは本人に確認することです。「それ、どこで知ったの?」と聞いてみて、「そういう文章を専門家が書いている」と言うのであれば、出典を教えてもらいます。どういう法律や規定を参照したかという情報も本人から聞き出すわけです。
これが出てくると、会社はその情報を基に検索・検証できるようになります。「本人がそう言っている」だけでは雲をつかむような話ですが、根拠まで示してもらえれば、検証は割と簡単にできます。
結果、本人が言うとおりだという可能性もあるし、「いやいや、この規定はウチの地域は対象外だよ」という話になるかもしれません。「国有企業を対象にした規定だから、外資企業には当てはまらない」ということもある。本人に具体的な根拠を示させるのは、管理上、非常に有効です。
一方、会社は会社として、自分たちで情報の確認や裏取りをする手段を持っておく必要もあります。本人に任せっぱなしではダメです。
従業員からの申し立てへの対応では、時代の変化に合わせて経営管理のギアを入れ替えなければなりません。
特に中国の南方などでは、会社と従業員の情報格差を利用して有利な立場から管理することが可能だった時代がありました。法的な知識に疎い従業員たちが「給料を上げてくれ」「この扱いはおかしいんじゃないか」と言ってきても、「これが会社のルールだから」で済んでいた。しかし今は、ここからでも反論されます。
従業員がAIに相談し、「調べたら会社のやり方は2015年以降は違法です」などと言ってくる。すると会社側も「分かってるけど、専門家に確認しているから」とパワーで押し通すような雑な管理は通りません。
トラブルになった結果、当局が介入してきて「会社の管理に問題がある」とされてしまったら、会社はすごく難しい立場に置かれます。
中国沿岸部の大都市以外に進出している会社は、時代が変わった、やり方を変えなければいけないという意識を強く持ってください。とりわけ人事や管理の意識が変わっていないと、足元をすくわれるリスクが高まります。
AIはどんどん情報を蓄積していきます。新しい情報が出れば取り込み、検索する人たちもそれを入手できます。一方、会社がアップデートを怠り、直近の政策や規定の変化に追いついていないと、管理はどんどん受け身に回ります。人事や法務に携わる人たちは継続的な学習が必須です。
私たちDACも継続的な変革を続けています。最近では、会員サービスを大幅に刷新しました。会員専用サイトに中国語版と日本語版で解説やデータを整理し、いちいち問い合わせなくても、都合のいいタイミングで情報を深掘りできるように。継続的に情報を蓄積して、駐在員も本社も現地社員も、必要なときにすぐ調べられる環境の整備を進めています。
AIやSNSから切り取った情報であっても、非常に正確だったり、ものすごく稀少だったりする可能性はあります。スマホさえあれば、すべての労働者が自分のための専門家・アドバイザーを手にできる時代になっています。
それでも、根本的には、知識武装した従業員との駆け引きなど不要な組織経営を目指すべきです。
まずは人事制度で、会社と従業員の利害が一致する仕組みを作ること。会社の利益と従業員の利益が一致していないと、いちいち会社と交渉する動機が生まれます。
仕組みを整えて、会社の業績が上がれば利益がみんなに還元される、頑張った人から報われるようにすれば、会社の方針に沿って行動することが、誰にとってもいちばん利益になります。すると従業員の関心は会社の業績に集中し、それ以外は些末な話に見えてきます。
それから、採用変革も大切です。人口減の時代に入り、現場は少数精鋭化していきます。補充採用であっても、今までと同じような感覚で採用するのではなく、会社の方針や方向性に合う人だけを厳選するという発想が必要。ややこしい人たちが入ってこないように入口でフィルターをかけます。
健全な新陳代謝も欠かせません。これは扱いづらい人や評価の低い人を片っ端から辞めさせるという意味ではなく、会社が大事にしていることに理解と関心を示さない人、自己利益の確保にしか興味がない人には、組織から離れてもらうということです。
組織の新陳代謝を進めていく中で、現場から「これって会社の管理はどうなっているんですか」「ここは改善した方がいいんじゃないですか」といった声が出てくることがあります。これは建設的な助言や意見であることが多く、会社としても、改革・改善を進めるための貴重な材料になるでしょう。
ただ、もともと会社をよりよくする気のない人たちが、AIやSNSという新たな武器を使って何やかんや言ってくる場合は別です。会社がその対応に手ををとられていると、大事な幹や根を育てることに時間を割けなくなってしまいます。
SNSやAIの時代になり、知識を得やすくなった従業員が、会社に要求や不満をぶつけてくることはあると思います。それを無視していいわけではありませんけれども、枝葉の話だと割り切って振り回されないようにするという冷静さも必要です。
会社と社員の利害が一致した状態をつくり、自分たちの未来を切り開くことにみんなが注力する。新しい挑戦や成長、貢献をして当たり前の組織にする。これからは、そういう根と幹に注力する経営が求められると思います。
枝葉末節への対応にばかりに目が向いてしまうと、本当に大事なことを見失ってしまいます。会社にとって何が根であり幹なのかを常に考えながら、組織経営を進めていってください。
中国事業の最前線から、ビジネスに関する時事ネタや情報・裏話などを無料でお届けしています。
多文化混成組織の支援家、Dao and Crew 船長。 事業環境のシビアさでは「世界最高峰」と言われる中国で、日系企業のリスク管理や解決困難な問題対応を 15 年以上手がけ、現地で「野戦病院」「駆け込み寺」と称される。国籍・言葉・個性のバラバラなメンバーが集まるチームは強いし楽しい!を国内外で伝える日々。