コラム
本社の無関心が命取り!中国駐在員メンタル問題の深刻度
現在の中国では、駐在員のメンタル面のリスクが非常に高まっています。このまま従来のやり方を続けていたら、大きな問題やダメージに至る可能性もあると、私は強く懸念しています。なぜいま駐在員のメンタルが危機に晒されているのか。今回はその背景や原因を解説します。日本本社にぜひ知ってほしいです!
小島のnoteをこちらに転載しています。
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中国駐在員のメンタル問題は日本本社に原因がある
日本本社の施策や判断こそが、中国駐在員のメンタルリスクを高めている。このことを認識している本社は果たしてどのくらいあるでしょうか。
これからの時代、駐在員のメンタルヘルスに対するリスクは間違いなく増えていきます。私の20年以上の中国経験から断言します。
その根拠は、まず中国の事業環境の変化。20年ほど前と比べ、中国の国際的な立ち位置、事業のやりやすさ、利益確保の難易度、先行きの見通し、さまざまな課題やリスク、すべてが大きく変わりました。
これを受けて、日本企業にとっての中国事業・中国拠点の位置づけも相対的に変化してきています。当面、この流れは継続するでしょう。それによって引き起こされるメンタルリスクの要因を以下に挙げていきます。
事業環境・中国の位置づけの変化が引き起こすこと
①駐在員の若年化(経験浅化)
駐在員の若年化は数年前から明らかに進んでいます。若いということは、海外経験もマネジメント経験も浅く、当然ながら海外マネジメント経験も乏しい(あるいは皆無)です。
会社によっては、管理職になったばかりで、マネジメント経験や部下育成、評価者としての経験がほとんどないままに海外赴任させられる人もいます。
いくら気合いや自信があっても、それだけで組織を率いるのは困難です。経験不足の若い管理者は、組織の収拾がつかなくなると「トップはオレだ!」と権力や地位を使って高圧的に抑え込もうとしがち。経験に基づく解決策の引き出しがないためです。
日本でもほめられた振る舞いではないのに、こんなことを異文化圏でやってしまったらどうなるか。当然、現地社員たちからは総スカン。反発が反発を呼び、状況はさらに悪化して、より高圧的に抑え込む悪循環。これが破綻するまで続きます。
現地社員たちは限界に達すると、キレて辞めたり、集団で騒ぎを起こしたり、「あの人ではダメだから日本に戻してくれ」と日本本社にねじ込んできたりします。または駐在員の方がギブアップして、メンタルを病んだり、本当に現地業務が立ち行かなくなることもあります。
また、若い駐在員にとっては、年上部下をマネジメントするストレスも無視できません。現地拠点の設立から10〜20年も経っていれば、当時の若手も40代、50代。駐在員の若返りを図れば図るほど、経験の浅い若者が年上部下を相手にする状況が生まれます。
②現地拠点から駐在員を減員する動き
現地駐在員を削減する動きも顕著です。これまで一つの拠点に一人のトップだったのが、一人で複数拠点のトップを兼務する駐在員が目立つようになりました。
中国のように国土が広いと、拠点ごとに組織の状況も周辺の事業環境も異なります。人員構成、気質、使っている言葉(日本の方言と違い、通じないレベル)さえ違う。拠点責任者を中国では総経理と呼びますが、要は社長です。複数の会社で社長を務めると考えれば、その負担の重さは想像がつきます。
すべてを全力でやろうとすると拠点の数だけ負荷が上がってしまい、どうしてもどこかでパワーをセーブせざるを得ない。すると管理の手が緩み、問題の種が生まれる。そして問題が起き、自分の負荷として跳ね返ってくる……。こうして負荷増大のサイクルに絡め取られていきます。
③任務内容の困難化・複雑化
駐在員に期待されるミッション・役割の変質です。近年、その難度と複雑さは上昇の一途をたどっています。
その理由の一つは、縮小局面の業務が多くなっていること。減産・人員削減・拠点の統廃合/縮小・撤退などですね。
そういう局面では、利害の一致しないプレーヤーがたくさん出現します。従業員にしろサプライヤーにしろ、職や利益を失うリスクに直面するわけですから、非常にシビアな衝突が起きやすい。
本社は「やってこい」と命じるだけでしょうけど、最前線の駐在員は逃げ場がない中で負の感情をぶつけられることになります。これはしんどいです。
日本でも、拠点閉鎖や倒産に伴うリストラで人事担当者がメンタルを病む事例は珍しくありません。ましてや異文化圏で、しかも着任したばかりで、状況がよくつかめない中でいきなりやれと言われたら……。精神的な重圧はかなりのものです。
中国人のストレートな気質もあり、最後の交渉だとなれば、目の前の駐在員に日本側の想定を超えるような圧をかけてきます。まともに受け止めていては誰だって心が折れるでしょう。
役員や事業部は、事業計画にばかり気を取られていないで、そういう重い仕事をまかせているという自覚と認識を持ってほしいと思います。
④経営の現地化→上司の現地化
現地化を進めて駐在員を減員する会社では、空いたポストを現地登用で埋めようとするところも多々あります。すると、若年化した駐在員の上司が現地幹部という構図になります。
あくまで個人の見解ですが、日本人上司と中国人部下の組み合わせは、人によっては結構うまくいきます。しかし、私の見てきた限り、中国人上司と日本人部下の相性は最悪と言わざるを得ません。
それぞれの気質を考えると、「そりゃそうだ」とも思います。中国の人たちは基本的にパワフル。良くも悪くもガーッと押す力があります。上司が日本人だと、中国人部下が誤った方向に突っ走ったり、スピードを出し過ぎている時には、「まあまあ、ちょっとストップ」と止められます。日本人上司がアクセルとブレーキを使い分けられるわけです。
ところが、中国人上司と日本人部下の組み合わせではそうはいきません。中国は元来、ボスが絶対の国。権限を握ったらワンマンに振る舞うのが当たり前です。一方、日本人はそういうスタイルに対抗する術や気質を持っていない人がほとんど。中国人上司の下では受け身一辺倒になります。
パワーが強すぎる中国人上司に日本人部下が消耗し、メンタルを病むケースも見聞きします。幹部の現地登用が進んでいる拠点は、特に若手には逃げ道を作っておいてあげないと身が持ちません。
⑤合弁中方との軋轢増加
合弁会社の場合です。経済情勢の変化により、中方(中国側)の株主方針と合弁会社の利益が衝突するようになり、軋轢が増しています。
中方株主の事業が不調だと、いろんな方面からいろんなプレッシャーがかかり、向こうは合弁会社の利益より自分たちの利益を優先し始めます。中方の上司や政府が要求する数字合わせに応えるため、売れもしない商品を無理に押し込んできたり、やたら増産させられたりと、合弁会社の利益を損なう方向に進んでいく。
そんな要求を受け入れていたら商売にならないし、そもそも双方の株主にとって利益のある意思決定ではない。日本側の駐在員は何とかして押し返そうとしますが、中方株主から出向している人たちは当然ながら古巣が大事で、合弁会社の中長期の利益なんて自分には関係ないと思ってますから、ろくに取り合いません。
一方、日本本社も株主の立場なので強気です。駐在員が苦境を訴えても「何言ってんだ、断ってこい」となる。完全に板挟み状態です。権限も責任もないのに両側からやいやい言われては、さすがに参ってしまいます。
⑥微信世代のメンタル不調が増加
96年以降に生まれ、微信(WeChat、中国のSNSアプリ)が子供の頃から当たり前にある環境で育ってきた中国の若者たちを、私は最近「微信世代」と勝手に呼んでいます(Z世代でもいいんですが、対象が曖昧なまま言葉が広まりすぎている気がして)。
私も20年、中国で経営をやってきましたが、微信世代のメンタル不調は目に見えて増加しています。大学生などに話を聞くと、「自分の周りで抗うつの薬を飲んでいる子が2割ぐらいはいる」などと言われることもあります(真偽は不明)。特に厳しい競争を勝ち抜くような学校ほどそういう傾向があるようです。
そんな微信世代がすでに日系企業にも入社してきています。彼らに一人前に働いてもらおうと思ったら、仕事以前に心のケアをしないといけない。この領域は対応に繊細さが求められ、上司側もストレスがかかります。
日本本社のように人事部がしっかりしていて、メンタルヘルスのサポート体制が整っていればいいんですが、そこまで恵まれた環境の現地拠点は極めて少数でしょう。結局、しわ寄せは上司である駐在員に集中します。
⑦夜の問題の変化(マッチングアプリ)
夜のプライベートな問題について、私たちも毎年のように相談を受けます。金銭問題から色恋沙汰まで内容は変わらないものの、最近は質的な変容を感じます。
昔は基本的に夜のお店が介在しており、ある意味プロの世界でした。事態が深刻になりすぎる前に、店のママさん(のような人)が出てきて手打ちにできました。
足元を見られてむしり取られることはあっても、相手はプロですから、関係者が全員お縄になるようなところまではいきません。一線を越えないように抑制が効いていました。
ところが、最近は舞台がマッチングアプリへと移行し、事態がややこしくなっています(私のような昭和世代には心理的なハードルがありますけど、抵抗感がない若い駐在員などは中国でも気軽に使っています)。
夜のトラブルが素人の世界に移ってきて、以前はプロが介在したところを当人同士でやるようになりました。落としどころが分からないために要求がエスカレートし、「これは出るところに出たらみんなアウトなのでは」というような深刻な事態に陥ることも……。
不幸にもトラブルを抱えてしまった駐在員は、心理的に追い詰められます。相談メールの文面から、心のバランスを崩して限界状態にあることが伝わり「危ないな」と感じた時は、私たちも夜中・週末までケアしたりします。
想像してみてください。こんな状態で普通に業務を続けることなどできるわけがありません。
マネジメントに大きな支障が生じますし、社内で噂でも広まれば(いさかいでケガや火傷を負うことも…)影響が組織全体に拡大。警察のお世話になったりすると内々のマネジメント問題では済まなくなります。
そして、週刊誌のネタになったりすれば、会社の信用や株価までダメージを蒙ります。追い詰められて最悪の結果を招くことだって実際にあります。
放置するとどうなるか
ここまで列挙してきた通り、駐在員のメンタル不調を招く要因が増加・増大していることは明らかです。このまま対策を講じずに放置した場合に何が起きるのか、大きく二つ考えられます。
一つは駐在員のメンタル危機。本格的に精神疾患と診断されて勤務が継続できなくなる。あるいは本来の役割を果たせなくなる。結果、強制帰任となり、日本でも回復できなくて退職に至る人もいます。帰国できずに亡くなる人さえいます。これは本人にとっても、家族にとっても、現地拠点にとっても、本社にとっても、最悪のシナリオです。
もう一つは、駐在員がお手上げ状態になること。真摯に取り組んでいてはメンタルを壊すので、精神のバランスを保つべく、期待された業務や役割の一部/大部分を放棄してしまう。これは、自己防衛という観点からはやむを得ない選択だと思います。ここで本社がさらにプレッシャーをかけても、事態を悪化させるだけです。
どちらも会社全体の利益を考えたら絶対に避けたい事態です。そうならないようにどうするかは、株主として、最終責任者として、また駐在員の派遣元として、本社側が考えるべき課題だと思います。
駐在員のメンタルリスク上昇は、今がピークではなく、始まりに過ぎません。今後さらに深刻化していくはずです。駐在員を現地に送り出している会社は、どうか真剣に自社の問題として捉え、対策を講じてください。
今日のひと言
利益創出源を潰さないように
閉鎖秒読みの赤字拠点であれば、問題はいつどうやって円満に閉めるかだけです。でも、今も利益が出ている拠点は違いますよね。チャイナリスクはあるとはいえ、世界的な環境変化を踏まえると、本当に見切っていい拠点でしょうか。
現地の利益創出力を手放してもいいのか熟考し、中国事業はやはり重要だというのなら、利益創出源を守るのは本社の仕事。この観点からも、駐在員のメンタルケアに本腰を入れて取り組むべきです。
業務環境や施策、送り込む駐在員の人選を変えられるかどうかは本社次第。まずは駐在員を孤立させず、現地の様子を気にかけて、抱えがちなストレス、メンタル面でのマイナス要因を可能な限り把握した上で、それらを解消・回避できる策を講じてほしいと切に願います。
2025.05.09 note
https://note.com/daocrew/n/nec15a62b1faf
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この記事を書いた人

多文化混成組織の支援家、Dao and Crew 船長。
事業環境のシビアさでは「世界最高峰」と言われる中国で、日系企業のリスク管理や解決困難な問題対応を 15 年以上手がけ、現地で「野戦病院」「駆け込み寺」と称される。国籍・言葉・個性のバラバラなメンバーが集まるチームは強いし楽しい!を国内外で伝える日々。