コラム

多能工育成の高い壁…異動拒否を乗り越える実務的工夫 【中国駐在サバイバル】

2025年05月30日
中国駐在…変化への適応さもなくば健全な撤退

中国(海外)で多能工を育てようとすると、異動拒否に出くわすことが少なくありません。「それは私の仕事じゃない」「慣れない職場に変わるのはイヤだ」「あのラインはきついから行きたくない」……。

強引に進めれば、「労働契約の一方的変更だ!異動は無効だ!」と裁判沙汰になることも。さて、どうするのか。実務的な工夫を紹介します。

毎週水曜に配信するYouTube動画のテキストバージョンです。
小島のnoteをこちらに転載しています。

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中国拠点の異動拒否の現実

異動拒否を受け入れている余裕はない

日本ではあまり聞かないかもしれませんが、中国拠点で異動拒否はよくある課題。どう解決するか、実務的に考えてみたいと思います。以前に話したことがある内容も含め、今回は改めて整理しました。現在の中国の事業環境下において、これは会社の生死を左右する問題だと感じるためです。

ラインによる繁閑の差、事業による受注量の変化が大きい時代には、人を動かす機会が増えます。いちいち「私はそこには行きたくない」と言われていては、要らない仕事に人が張りつき、必要な仕事に別途人を雇うことになってしまいます。こんな無駄なことをしている余裕は、今の多くの中国拠点にはないでしょう。

役職もそうです。時代が変われば、管理者に求められる仕事・役割・能力も変わってきます。当然、会社は方針に応じて適材適所で調整していきたい。異動拒否に振り回されていては、変化する現実に適応できず、組織は競争力を失います。

現在、中国拠点の組織をもっとスモールに、あるいはフレキシブルにしたいという意向を持つ会社は非常に多いです。これは、異動を柔軟にできるようにするだけで、かなり実現するのではないかと思います。

実際に中国拠点で起こっていること

実際に中国拠点においてどんなことが起こっているのか見てみましょう。

■現場工が持ち場変更を拒否
「このラインに慣れているから、慣れないところに行くのはイヤ」と現場工が持ち場の変更を拒否する。自分の負荷だけを考えて、暑い・寒い・立ち仕事が多いなどの理由で断る人もいる。

■昇格したから夜勤は拒否
等級が上がった途端、自分はもう現場のワーカー・操作工ではないから、夜勤はしたくない、現場のローテーションに組み込まれたくないと主張する。昇格を特権と勘違いしているケース。

■管理系でも他部署は拒否
管理系でも同じようなことが。管理部全体を把握できる社員を育てる。または会社規模が小さいため、総務・人事・財務などはお互いの業務が最低限分かるようにして、誰かが休んでも機能は止まらないようにする。こういう趣旨でジョブローテーションを進めたい。しかし、実施しようとすると、「私は財務だから」「私は人事だから」担当外のことはやりたくないと言われてしまう。

ちなみに、私の経験則ですが、財務と保全は特に自分の仕事にこだわる傾向が強いように感じます。

■管理者の異動拒否
管理者クラスでも異動拒否は存在。例えば、製造の課長にも品質や技術の目線を持ってほしいということで他部署での経験を促しても、「自分は製造課長だから」と異動を拒否する。

■拠点立ち上げの出向拒否
部長・総経理などポジションが上がってくると、拠点間の異動が発生することがある。さらに昇格を目指すなら、拠点の立ち上げからトップとして経験を積んだ方がいい。または今と同格のポジションで異動し、結果を出せたらトップに昇格させたい。こうした意図で異動を打診すると、「自宅がこっちにあるから行きたくない」などと言われてしまう。

異動拒否に頭を悩ませる経営者は多い

このように、現場の最前線のワーカーから監督者、管理者、経営層に近いポジションの人たちまで、異動拒否は組織各層に存在しています。これでは組織の最適化はなかなか進みません。

人数は足りていて、組織の変化に応じて過不足なく配置したいのに、フレキシブルな調整ができないために余剰人員を抱え込んでしまう。結果として、多能工化、管理者の育成がなかなかできない。

この課題を解決するには、まず異動とは単発的な組織調整の問題ではなく、会社の未来を作るための重要な戦略だと認識する必要があります。ただ、異動のゴリ押しはおすすめしません。当事者の強硬な反発を招きますし、法律違反や裁判沙汰(になった挙句に会社が負ける)のリスクもあります。

異動拒否の解決法

人事制度を活用する

では、どうするか。ここから理屈ではなくて実務です。私も15年くらいサポートしてきましたが、この方法で異動拒否が消滅したクライアントは少なくなく、実際に有効性も確認できています。

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                                         人事制度を活用して異動を実現する

前提となるのは、人事制度を活用すること。昇格要件、任命要件、採用要件をうまく使えば、比較的スムーズに人事異動を実現できます。法的にもほぼノーリスク。裁判で会社が負ける可能性があるような方法ではありません。

担当者の場合:ジョブローテーションへの同意を昇格要件に

人事制度をどう活用するか、細かく見ていきます。一般社員の昇格、派遣工の正社員化などの形で処遇・立場が一つ上がるという時は、昇格要件にジョブローテーションへの同意をあらかじめ組み込んでおきます。

例えば、1等級は「自分の仕事を自立してできる」、2等級は「多能工としてユーティリティプレーヤーに」、3等級は「監督者クラス。任命されてもされなくても、監督者としての意識と言動を」。

2等級に上げるとは、多能工として1等級従業員とは違う能力発揮・貢献を求めるということ。処遇もそれに応じて調整する。当然、1等級と同じ仕事の内容・範囲に留まってもらっては困るし、多能工化や監督者の準備として異動があり得る。

これを理解した上で2等級にチャレンジしたい人だけが昇格にエントリーできる仕組みにします。「自分はこの仕事しかやりたくない。あっちの職場に行くのはイヤだ」ということであれば、2等級の求める人材像に該当しない=昇格条件を満たさないのでエントリーはできません(後から言い出したら降りてもらいます)。

これなら、今の処遇を変えるわけでも、何かを強制するわけでもなく、異動を望まない人はずっと等級が変わらないだけ。降格も解雇もしません。昇格するのは自分から同意した人たちのみ。2等級に上がった後は、ローテーションしても問題は起こりません。

夜勤や出張も同様です。ここの配属になったら夜勤があると理解し、同意を得た上で昇格・配属します。

同意を求める=選択権は本人にあるということ。条件を受け入れた人は昇格にエントリーでき、イヤな人は見送る。お互いフェアです。

監督者の場合:多能工を前提要件に

先ほどの1等級、2等級、3等級の例でいうと、3等級は監督者クラス。しかし、3等級に上がったら、みんなが監督者になるわけではありません。3等級の中から会社が適性などを見て選抜します。3等級には30人いるが、監督者のポジションは15しかないとなると、30人から15人が選ばれるわけですね。

いろいろな部署・持ち場で監督業務を務めるには、多能工であることが前提です。つまり、3等級に昇格するには2等級(多能工)として一定の経験を積んでいることが条件になります。

監督者というのは、自分の狭い持ち場・設備だけを理解していればいいわけではありません。複数の持ち場を見ながら監督したり、指導したり、突然の休みや退職者が出た場合には一時的に業務に入ることだって求められます。

監督範囲の知識・経験がないと監督者には任命できませんから、他の持ち場に行っていろいろなスキルを身につけることは2等級から3等級に上がるための必須条件。このルールを理解していれば、意欲のある人は積極的に異動に応じ、多能工化に挑戦します。

これなら「なぜ私は3等級に上がれないのか」と聞かれても困りません。「3等級のエントリー条件は人事制度で明示している通り。2等級で複数業務を経験して条件を満たし、3等級の役割を理解してチャレンジしたいと希望を出せば、いつでもエントリーは可能」と伝えます。

本人が異動希望を出したのに上が正当な理由なくブロックしている場合を除けば、「差別だ」「不当だ」と言われて会社が困惑することはありません。

管理者:複数部署経験を管理者級の登用要件に

管理者(管理者クラス・等級)も同じです。仮に課長は7等級以上の者から任命するルールだとすれば、6等級までに複数部署を経験していることを7等級の昇格要件の一つにしておきます。

これを徹底していくと、今までできるだけ一つの部署にいたいと思っていた人たちのうち、優秀で管理職への意欲が強い人ほど、早く他の部署を経験しておいた方が有利だと理解します。会社がポジションをローテーションしたい時、やる気がある人が自ら手を挙げてくるかもしれません。

これまでは、慣れている仕事の方が失敗もないし、自分でいろいろコントロールできるし、気楽だということで、異動に後ろ向きだった人たちが、「やらせてください」という姿勢になる。非常に大きな変化です。

実にこの話は、海外赴任者の選抜にも応用できます。日本企業では、優秀な管理者やその候補者ほど本社に留めたがる傾向があります。役員が「自分の手元に置いて目をかけてやりたい」と考え、少し地方に出してもすぐ呼び戻し、早く出世させようとするパターンです。

会社全体の利益を考えると、これは非常に良くないことです。その役員の親心は満たされるでしょうが、会社の利益にはなりません(鍛練機会の喪失という点では本人のためにもなりません)。

優秀な人にはより高い立場で力を発揮してほしい。将来の部長候補・役員候補として期待するなら、早い段階で異なる拠点・事業・部署を経験し、複眼的・大局的に物事を捉えられるようになってもらう必要があります。さらには、経営を体験できる海外現法や関連会社で、経営経験を積むべきです。

なのに、今は評価の高い管理者・若手ほど日本に縛られてしまっている。海外に出したら出世が遅れる、かわいそうだからやめておこうというわけです。

そこへ、「部長級に昇格するには、製造や営業などフルセットの経営機能を持つ海外拠点で、社長(総経理)として4年以上の経験があり、成果を出していること」という海外人事・グローバル人事のルールが導入されたらどうでしょう。役員の考え方も180度変わります。

今までは「海外なんてかわいそう」だったのが「早く行かせないとかわいそう」になる。優秀な人がこぞって海外赴任を希望する。昇格は帰任後の自動エントリーではなく海外拠点での成果次第というルールにしておけば、みんな目の色を変えて頑張ります。

任期が2年くらいならごまかしもききますが、4〜5年だとその間に環境や法律、組織の変化がいろいろあります。前任者に下駄を履かせてもらったり、見てくれだけ整えようとしてもボロが出てくる。そこで上のステージの適性を見極めるというルールにすると、「優秀な人が海外に行きたがらない」「上司が手放そうとしない」という問題は自然消滅します。

あまり海外展開していない会社なら、関連会社や地方拠点を使えます。「都落ち」扱いだったのが「経営経験を積み、結果を出す場」に変われば、関連会社・地方拠点にとっても利点があります。

話が逸れました。管理者の話に戻ると、昇格と同じ要領で、役職任命時に異動の同意も取っておくのがポイントです。その役職に求めることを明確に示し、内容を理解した上でチャレンジしたいと表明した人だけを任命します。

管理者:役職任期制を使う

管理者で特に重要なのは、役職任期制を入れておくこと。これがあるとよりフレキシブルに運用できます。

管理者の場合、会社が求める役割を理解した人だけを登用するというルールにしておいても、異動/免職時のリスクは残ります。例えば、総務課長が異動を拒否したとします。労働契約書に役職は「総務課長」と書いてあり、実質的にも総務課長の仕事を担っていたとなると、会社が一方的に動かせば、労働仲裁・裁判で異動は不当とみなされる可能性があります。労働契約変更には労使合意が必要なためです。

そこで役職任期制です。任期は1年。回数上限を設定する必要はなく、更新を重ねても構わない。少なくとも1年に1回、会社としてフリーハンドのリセット(ガラガラポン)機会を持つことが目的です。

任期が終われば、会社が解任・異動を指示をしなくても、自動的に任務・役職が外れます。続投する人、他の役職につけたい人は、その翌日から改めて任命します。本人には拒否権がありますので、拒否すれば無役に戻ります。

この仕組みを取り入れる時には、管理者に目的・内容を説明して正式に導入します。ただ、管理職の設置や任免は、本来、労働法ではなく会社法の範疇。従業員全体への説明や意見聴取は不要です。もちろん管理者の同意も不要なので、一部が反対したとしても導入はできます。

そもそも、管理ポストの設置は、労働者の基本的な権利や待遇とは関係ありません。会社が組織の必要に応じて設けるもの。福利や面子や既得権益ではないので、管理者が会社方針に反対するのは、筋が通りません(それでも強く反対する管理者がいたら、私への相談事案にしてください…)。

役職任期制が導入できていれば、異動(新たなポジションの提示)を拒否する管理者に結果的に役職から外れてもらっても、制度の根拠・裏付けがあるためリスクが抑えられます。

大事なことなので繰り返します。私は基本的に管理職の任免権は経営に属するべきだと思っています。役職は福利でも特権でもない。職責があって、それを遂行するための権限があって、適任と判断した人を会社が任命する。職務の難度・負荷・貢献価値に応じた処遇を行う。…これが本来のあり方。役職任期制は、それを実行しやすくする手段です。

人事制度活用のポイントまとめ

ここまで担当者・監督者・管理者と見てきました。ポイントをまとめます。

まずは後付けにしないこと。採用や昇格の後にルールを変えて「サインしてくれ」というやり方では、拒否される可能性が高く、次の打ち手も難しくなります。

事前にルール設定をして、昇格前に見極めることにしておけば、拒否されても「エントリーの資格を満たしていない」として対応できます。特に採用時は会社に入りたい気持ちが最も強いタイミングですから、理解と同意が得やすいはず。

また、「認めないなら罰を与えるぞ」というやり方は反発を招き、法的なリスクもあります。ここは北風より太陽。「チャレンジしたいなら、この条件で」という方が、べき論やルールを振りかざすよりも穏当に運用できます。

管理者はそこまで丁寧にやらなくても大丈夫。管理者は会社が任命して当然、任期はあって当然。これを理解できない人は、管理者の資質がありません。会社の業務上の必要性・来年度の方針・事業環境の変化などに応じて、管理者は適材適所で調整して当たり前という仕組みと風土を作っていきましょう。

今日のひと言

罰より利益にかけて異動を実現

異動の実現には、「罰よりも当事者の利益を使う」ことです。異動拒否に悩んでいるなら、このポイントを工夫するのが効果的。自社だけではアイデアが足りないという方は、ぜひ声をかけてくださいね。

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この記事を書いた人

小島 庄司Shoji Kojima

多文化混成組織の支援家、Dao and Crew 船長。
事業環境のシビアさでは「世界最高峰」と言われる中国で、日系企業のリスク管理や解決困難な問題対応を 15 年以上手がけ、現地で「野戦病院」「駆け込み寺」と称される。国籍・言葉・個性のバラバラなメンバーが集まるチームは強いし楽しい!を国内外で伝える日々。