コラム

処遇制度は現在より未来の可視化を【人事制度ハック】

2025年10月10日
中国駐在…変化への適応さもなくば健全な撤退

人事制度づくりに伴走していて、「処遇制度は現在の損得より未来の可視化が大事」という話になると、目から鱗という反応をする経営者が少なくありません。今回は、なぜ未来の可視化が重要なのか、どんな仕組みで可視化するのかについて話します。

毎週水曜に配信するYouTube動画のテキストバージョンです。
小島のnoteをこちらに転載しています。

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処遇制度の死角とは

処遇制度の頻出課題

日本と中国で人事制度づくりを応援する立場から、処遇制度の死角ではないかと感じていることがあります。

普通、処遇制度の課題はこんな感じです。

まずは原資をどうするか。業績が厳しければ、コントロールしていかなければいけない。

それから昇給。現在の昇給率・昇給額を維持できるか。

バランスも重要。年長者に手厚くし過ぎて若者が割を食っている、逆に採用が厳しかった時に入社した人たちだけ処遇が非常に高いなど、全体のバランスが崩れていると補正を考えなければならない(これは最初はイケイケドンドンだった拠点・国で成長速度が落ちた時に出てきがち)。

最近の日本に顕著なのが採用力確保の問題。人が採れなくて、競争力を確保するために特に新卒の処遇の見直しが必要になる。

また、若い人たちがなかなか定着しない、せっかく育てた人材が他社に取られてしまうとなれば、若手から中堅あたりの処遇を手厚くした方がいいのではないかという声も出てくる。

…これらはすべて経営の総コストの問題と、人に対する値付けの問題です。いわば経営側の都合ばかり。目の前の採用しか見えておらず、かなり近視眼的な議論、課題意識に偏っている気がします。

処遇制度の議論に職人的発想を

処遇制度の死角に光を当てるために、商人気質と職人気質で考えてみます。

商人は、そこにある物を調達してきて利幅を乗せて機敏に売る人たち。人材で言えば、そこにいる人材を採用して使う、今いる人と入れ替えるのが商人的なやり方です。

今、社内に人材がいない。では外から採ってくればいい。今、社内で使いどころがない人材がいる。では辞めさせればいい。ゼロサムの発想ですね。

一方、職人は自分の手で作る人たち。人材に対しても、じっくり育て、伸ばしていくという発想がある。ゼロサムではなく、今が1なら、それをどのようにして2にしていくか、3にし、5にしていくかと考えます。

どちらにもいいところがあるけれど、日本人が長らく強みとしてきたのは職人気質ですよね。日本的なものづくりや、事業を育てることを大事にするなら、人事制度にも職人的な発想が必要だと思います。

最近の処遇制度に関する議論で私が感じるのは、伸ばすという発想が希薄だということです。人を入れ替えずに現有戦力をどのようにして伸ばすか、生み出せる価値を増やしていくかということが死角になっています。

もちろん、商人と職人、どちらか選べという話ではないので、いいとこ取りをしていけばいいんですが、経営目線で、調達と同じ観点で人事制度を作るのは、あまりにも商人寄り。職人的な思考を疎かにせず、組織を伸ばすという発想で考えてみませんか。

会社を伸ばす処遇制度とは

社員を成長させる制度要件

まずはメンバーの成長を促す制度要件を考えてみます。これはすごくシンプルな話。私が社員だったら、自分が成長しようと思えるかどうかは突き詰めるとたった二つです。

一つは、「どう成長することが求められているか」。もう一つは、「そのように成長したら、どんないいことがあるか」。

方向性を示さずに「結果を出せ」「頑張ったら処遇が上がるぞ」ではダメ。これでは本人なりに頑張って挑戦しても、会社の求めている方向とズレていると結局評価されず、お互いに不幸な結果が待っています。先に方向性と程度、ベクトルを定めるのは会社の大事な仕事です。

例えば、課長から部長に上がるとはどういうことなのか。仕事の役割がどう変わり、それにつれて処遇はどう変わるのか。それに紐づく職責や権限はどう変わっていくのか。ここで成長と処遇の連動をはっきりさせます。

この二つさえ示せれば、「それはいいな、そうなりたいな」と感じる人は、自分から挑戦・成長していきます。

これは言葉を変えると、未来を可視化し、相応の処遇を示すということです。今の処遇や評価は目先の話に過ぎません。これから先の挑戦や成長、貢献を求めるなら、これから先の話をすることです。

そして、会社が求める方に向かって頑張った、成長した、挑戦した先に夢があることも大切です。頑張る方向は示していても、頑張った結果が魅力的でなければ、人間はやる気になりません。これは必ずセットで考えます。

給与テーブル公開がもたらすもの

具体的にやるべきことは、給与テーブルの公開です。給与テーブルを作らずに上限・下限、ルールだけ設定していたり、人事と経営者以外は非公開にしている会社もありますが、これでは未来の可視化が難しいです。

給与テーブルがなければまず作り、それを全員に公開します。一担当から部長クラス、昇進した先に役員が視野に入るなら役員の処遇まで、できる限り公開します。

給与テーブルは、自分自身で試算できることが重要です。仮にこういう評価で会社の業績がこうだったとすると、10年後の自分にはどんなチャンスがあるのか。20年後に自分はどんな処遇を得ている可能性があるのか。会社が保障できなくてもかまいません。妄想でも理想論でもいいので、自分なりに計算してみて、結果を思い描けることがポイントです。

その結果は、未来に夢があるものであること。このように認められて、こういうチャンスを活かせれば、こんな夢があるのかと自分で計算できたら、人は勝手に頑張ります。多少思った通りにいかなくも、それで「や〜めた!」とはなりません。もうちょっと頑張って、思い描いた結果に手が届くようにと、むしろやる気を出します。

もちろん、みんながそれで動き出すわけではありません。どういう施策を打っても響かない人はいます。そういう人たちのことは、また別途考えていけばいいんです。

会社として重要なのは、会社を引っ張る動力になる人たちが、定着して本気で仕事をしてくれるか。まずはやる気と能力があり、会社と一緒に発展していこうという気持ちを持っている人たちに響く施策を考えてみてください。

今日のひと言

仕組みの話ではなく思想の問題

自分たちの未来を試算できなければ、それに向けて頑張るのか、頑張っても仕方ないのかという判断がつきません。なんとなく日々、目の前のことだけ見ながら仕事していくことになってしまいます。

思い描く未来はあるのに仕組みに落ちていないのはもったいないです。仕組みはあるのにメッセージを出していない会社もです。

未来を可視化して、そこに向けて頑張ったら、このように報われる。このメッセージを会社として伝えていくことが、処遇制度において本当に大事なことだと私は思います。具体的な金額や昇給幅、等級はその次の話です。

処遇制度の根底は、仕組みではなく経営者の思想。本当に社員に成長・挑戦してほしいのか、創出してくれる価値を増やしたいのかを見つめ直し、その上で、それと処遇が本当に結びついているのか、考えていってください。

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この記事を書いた人

小島 庄司Shoji Kojima

多文化混成組織の支援家、Dao and Crew 船長。
事業環境のシビアさでは「世界最高峰」と言われる中国で、日系企業のリスク管理や解決困難な問題対応を 15 年以上手がけ、現地で「野戦病院」「駆け込み寺」と称される。国籍・言葉・個性のバラバラなメンバーが集まるチームは強いし楽しい!を国内外で伝える日々。