抜擢人事は「諸刃の剣」。成功すれば、過去の流れを断ち切り、事業や組織のあり方を一変させる可能性を秘めています。しかし、失敗すると事業や組織の混乱を招くだけでなく、その人を抜擢したリーダーの信用失墜、会社への信頼感の毀損を引き起こします。
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海外拠点の駐在員は抜擢人事をやりがちです。気持ちは分かります。駐在任期は短いと2〜3年、長くて4〜5年。この間に何とかして成果を出さなければなりません。
一方、現地のベテラン勢には自分たちのやり方があり、安定した社内ネットワークを築いています。日本から駐在員が赴任してきても、すぐ従ってくれるとは限りません。何かと面倒なことを言って絡んできたり、「お手並み拝見」とばかりに冷ややかな対応をされることもあります。
着任したばかりで、まだ身近に味方のいない駐在員は苛立ちます。自分の指示にパッと反応してくれる部下がほしいという気持ちにもなるでしょう。ここまではよく分かります。
ただ、実際に抜擢人事をやった結果を見ると、失敗リスクは非常に高いと言わざるを得ません。五分五分どころか、感覚的には1:9ぐらい。まずは失敗ポイントを整理します。
いきなり「新しい人を抜擢したからよろしく」とやると、当然ながら元々その等級にいた人たちから総スカンを食います。ずっと一緒に昇格してきたメンバーで部長級を占めていたのが、急に課長から上げる、あるいはもっと大抜擢で係長・副課長あたりから一気に昇格させると、「なんや、お前は」という扱いを受けます。
本人が勘違いすることもあります。「自分はトップに認められた」「今までの連中が頼りないから自分が抜擢された」と、経営層の庇護や期待を感じて肩に力が入り、空回りしがちです。
「早く実力を示さなければ」「認めてくれたトップのために、すぐに結果を出さなければ」という焦りや、いいところを見せたい気持ちが先行するため、抜擢された人はどうしても大胆な施策に走ります。社内で新しいことを始める=過去の否定ですから、部下たちは反対します(抜擢人事でなくても、外から突然やってきた改革リーダーが大胆な施策を断行すると高い確率で失敗します)。
当然の帰結として、大胆な施策は失敗。信頼関係ができていないところに、同格となった先輩部長たちは初めから面白くないので、協力してもらえるわけがありません。
抜擢された部長は気が急いて、つい不適切な言動が出ます。強い言葉を使ったり、所定の手続きをすっとばそうとしたり。すると周囲は「待ってました!」ということで総攻撃。あいつに部長は無理だと騒ぎ立てられ、また実際にやらかしているわけなので、さすがにトップもかばいきれません。
抜擢してくれたトップに「施策は一旦中止!」「正部長から副部長に降格」とやられたら、本人は孤立して辞めるしかなくなります。さんざん引っかき回していなくなった後は、トップにも冷たい視線が。「強引に抜擢したのは総経理ですよね」「だから反対だったんですよ」……。
本人が着手した施策も中ぶらりんの状態。改革の残骸だけが残され、後始末をどうするのかという問題も重くのしかかります。
このように、抜擢人事で組織が崩れ、何もしない時よりも悪くなることは実は結構あります。
そもそも人事制度とは「頑張ったら報われる」という仕組みのはず。抜擢人事が横行し、トップが「これだ」と思った人が昇進するとなれば、制度の根幹が崩れます。どうせ上司と相性のいい人、お眼鏡に適った人が抜擢されるんでしょとなり、コツコツ頑張って認められようとするのがバカらしくなってしまいます。
組織の指示系統も揺らぎます。今までの順番がポーンと飛び越えられたり、外から来た人が割り込んだりすると、組織への帰属意識や規律に影響します。そういうことを繰り返していると、経営への信頼性も当然ながら落ちていきます。
今回の話は一般的な日系企業、完全なジョブ型雇用をしていない会社を前提としています。ジョブ型の課題についてはまた別の稿で。
そんな事態に陥らないために必要なことを考えてみました。着手前に押さえて、なるべく成功確率を上げていきましょう。「運」以外の要素はあると思いますよ。
最大のポイントは、一気に複数人を抜擢すること。部長だけ5人も一気に登用するのは現実的ではないかもしれませんが、部長クラスで1〜2人、課長クラスと係長クラスでも1〜2人ずつというように、複数の人事を同時に行うならできそうじゃないですか。同じ等級・同じ職位でなくてもかまいません。
抜擢された人が複数いて束になれるのと、たった一人で周囲の「的」になるのでは話が違います。1対10、1対30はつらいですが、3対20、3対10ぐらいになってくると心理的にも余裕ができます。三本の矢というように、複数を一気に抜擢することで周囲に潰されにくくし、抜擢された人たちがのびのびとやりやすい環境を作れます。
外から人材を引っ張ってくる場合は、経営者が手綱を握らなければなりません。まだ自社のカラーに染まっていないため、悪気なく会社の文化を無視してしまい、問題幹部だけでなく現場の多くの社員からも反発を食らう可能性があります。
経営者としては、会社の色に染まらずにやってもらいたいところはあるものの、いきなり会社が大事にしてきた価値観を踏みにじって新しいことを始めないように、最初は統制が必要です。経営者が「まずはこういうことからやってほしい」とコントロールしながら進めないと、外の血に対する拒絶反応が思ったよりも激しく起きます。ここは抜擢した人が気をつけましょう。
最初のうちは、経営者が方針や指示を出してあげてください。「大いにやってくれ」といきなりフルに任せてはいけません。経営者として今やりたいことがあり、現在のメンバーだけでは難しかったので登用したこと、それに基づいてやってほしいことを具体的に示します。指示しているのはトップだということを他のメンバーにも見せながら進めましょう。
新しい改革派への反対はトップ方針への反対だという構図を作っておけば、反発や否定の声は小さくなります。
彼らが結果を出せるようにするための地ならしも経営者の仕事です。例えば、何かにつけて激しく糾弾する古参の部長がいて、その働きに満足していない経営者が抜擢人事を行ったのであれば、改革派を守るためにその部長を解任・異動させるという環境整備は経営者の責任で行う必要があります。
何もせずに「あとは自由に頑張ってね」では、半分ハシゴを外されたのと同じ。過去の膿を出す必要があれば、それは経営者の責任において行うと内外に示しながら進めます。
これで改革派を潰そうとする人たちはやりにくくなります。改革派を潰そうという行為が、経営者の意向を潰すことにつながるため、なかなか具合が悪い。面と向かってやりにくいという構造が生まれます。
組織改革の鉄則は「いい人は束にし、問題社員は分断する」。私もずっとこれでやってきました。複数人を一度に登用して束にするだけでなく、抜擢された人と、経営者の期待する「いい人」が束になれる機会を意図して作りましょう。味方になってくれそうな人たちに声をかけ、一緒に動きやすいように集めていきます。
例えば、改革派3人がバラバラに孤立し、反対派の古参ベテラン管理者7人がまとまっているという構図では、なかなかうまくいきません。改革派が新旧合わせて7人になり、会議の主導権を握れると、そこに乗っかりきれない部長クラスが3人いても大丈夫。反対派には別々の課題を与えるなどでバラバラにしてしまいます。改革派7人が束になる構図に持っていければ、抜擢した人たちが攻撃されて改革が頓挫したり、組織にいられなくなったりすることを回避しやすくなります。
こうした点を踏まえて行うことで、抜擢人事の失敗はある程度まで防げます。ただ、抜擢人事はあくまでも裏技。歴代の駐在員が毎回やっていると組織がおかしくなっていきます。制度・組織・経営への信頼が落ちていくという点は、抜擢が成功した場合でも同様です。
改革を進めるための非常手段として抜擢人事を使うことはあっても、常態化はしない。改革が進み、会社の重要なポジションを占めているのが改革派だけになったら、そこからは抜擢をしなくても育成と新陳代謝が回り、適切な人を適切なポジションに登用する仕組み化・制度化を進めるべきです。
将来の現地社長、駐在員が間違った抜擢人事を乱発して、せっかく育ち始めた組織を台無しにしないよう、今度は人事権の乱発・乱用を防ぐことも必要になってきます。
人事の王道は、ルールに則って人を育成し、適正な評価をし、条件を満たした人に次のチャレンジの機会を与え、その結果を検証していくこと。抜擢人事は奥の手と心得て、使わざるを得ないときだけに留めてください。いちど成功したとしても、抜擢を前提にした組織運営では人心が荒んでいきます。
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多文化混成組織の支援家、Dao and Crew 船長。 事業環境のシビアさでは「世界最高峰」と言われる中国で、日系企業のリスク管理や解決困難な問題対応を 15 年以上手がけ、現地で「野戦病院」「駆け込み寺」と称される。国籍・言葉・個性のバラバラなメンバーが集まるチームは強いし楽しい!を国内外で伝える日々。