日本企業の異動シーズンには、駐在員の交代もピークを迎えます。そして、このタイミングを虎視眈々と狙っている人たちがいます。海外拠点の社内で不正の機会を探している問題社員たちです。なぜこのタイミングが狙われるのか、会社側はどんなことに注意すればいいのか、実務現場の見えない戦いについて話します。
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駐在員の交代期は狙われています。狙っているのは、前任者にグレーな申請を上げたものの、さまざまな理由で保留・不承認・ブロックされた人たち。隙があれば私的利益を得ようと、手ぐすねを引いて待ちかまえています。
どういうところが狙われるのか。例えば、会社として業者の対応に不満があり、残金の支払いを保留することがあります。品質不良、契約内容との相違、追加請求の内容に合理性がない、などなど。残金の支払いを保留することで、手直しさせたり、交渉材料にしたりするわけです。
ところが、業者と結託している社員は、早く残金の支払いを完了してしまおうとします(相手からも急かされています)。これまでは事情を理解している駐在員が目を光らせていて、申請が上がってもブロックしていました。これが新しい駐在員になった途端、まだ事情が分からないうちに支払い申請を通そうとしてきます。
新規業者の導入もそうです。今まで「現状の3社で十分」「事業内容が疑わしい」「ここを使う理由がない」などとブロックされていた結託業者をダメもとで押し込もうとします。
また、「高すぎる」「このタイミングでこの数量の発注はおかしい」などチェックに引っかかって止められていた怪しい発注も紛れ込ませます。
自分の息のかかった部下を昇格させたい上司にとっては、昇格リストも狙い目です。人となりを知る前任者には「アイツはダメ」とブロックされたけど、経緯を知らない新任者ならサクッとサインしてくれるかもと思います。
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これらは実態が見えている人や相場感のある人なら「突っ返して終わり」の申請です。当の申請者も「やっぱりダメか」「クソ〜固いな」と思うだけで文句は言いません。
しかし実態が分かってない、相場感をまだつかんでいない人に交代した瞬間というのは、彼らにとっては大チャンス。数年越しでタイミングを狙われ、大きな不正申請を通してしまったケースもあります。
前任者と任期が重なっていないケースは狙われやすいです。数か月の重なりがあれば、「これ、付属資料を見ないとダメだから。今回は付属資料がついてないでしょう。この時点で突っ返して」といったことを一緒にやっているうちに、気をつけるべきポイントやグレーな申請、危険な部署や人物に何となく当たりがつくようになります。
こうした真の引き継ぎができない場合は要注意です。私に言わせれば、資料や口頭でちょっと教えてもらえば分かることなんて、引き継ぎがなくても何とかなります。何ともならないこと、つまり拠点の歴史とストーリーを共有していないと伝わらないようなことこそ、本当は引き継ぎが必要なんだけどな、と思います。
とはいえ、実際の任期の重なりは良くて1か月、ひどいとマイナス(前任者が帰任してから新任者が着任する)になることも。新任者は状況が見えないため、狙われやすくなります。
また、今までやったことのない立場で赴任する人は危ないです。日本では課長なのに、赴任先では部長になった。すると人・物・金・申請の数など、管理対象がものすごく増える。経験したことのない量にてんやわんやになっていると狙われます。
特に中国では、不正防止対策として、できるだけ上まで稟議を回す会社が多いです。現地の部下たちも、上司の承認という印籠を手に入れたがります。内心では「どうせ見てないでしょ」と思いながら、責任逃れのために形だけサインさせようとする。その結果、赴任者の手元には膨大な量の承認待ち書類が積まれることになります。
生産管理、製造、保全、物流、倉庫など、とにかく数も範囲も半端ない。一つ一つ丁寧に目を通していたら仕事になりません。各方面からのプレッシャーを受け、「とにかく業務を回さないと」という雰囲気に飲まれてしまうと危険です。業務を滞らせないために、何にサインしているのか認識しないままに承認してしまう。申請を出してくる方は、それを狙っているかもしれません。
それから、隙を突かれた経験がないのもウィークポイントになります。アジアのシビアな国を経験していない人、海外が初めての人はガードの仕方を学習していません。
交代から半年〜1年も経つと、新しく来た人たちもいろいろ見聞きして経験値が上がっていきます。その分、ガードも上がるので、隙あらばと考えている人たちは赴任直後を集中的に狙います。前任者が去って後任者だけになった瞬間、赴任後1か月から3か月、長くても半年までの間は要注意です。
こうした動きへの対策を考えてみます。まずは効果がすぐ見える対策です。
【赴任前研修は罠のありかを重点的に】 中国とはこういう国で、風土はこうで、言語が、民族が……、といったことは必要に応じて後で調べればいいんです。それより赴任先の狙われやすいところを重点的に潰していくような赴任前研修・レクチャーをするようにします。直前に話を聞いた赴任者は、まだ印象が強く残っているため、交代タイミングで罠にかかりにくくなります。
【先輩駐在員が特別警戒網を】 複数の駐在員がいる拠点なら、全員が同時に帰任することは少ないでしょう。誰かの交代タイミングには、前からいる駐在員が警戒レベルを上げるのも効果的です。トップの総経理が交代する場合は、二番手や部長クラスの駐在員が特別警戒体制を敷き、新たなトップにレクチャーしながらチームで対抗します。また、複数の駐在員の交代時期が重ならないように、本社側が調整することも大事です。
【落とし前はつける】 即効性とまではいきませんが、万が一やられてしまったら、何らかの落とし前はつけるというのも欠かせない対策です。先方は「あわよくば」でガンガン打ってきますから、すべてを防ぎ切るのはなかなか大変。うっかり通してしまっても負け確定ではありません。ここから第2ラウンドに突入です。
相手を懲戒処分に問える仕組みやエビデンスがあれば、それを利用して責任を追及します。制度が不十分だったり、証拠がなかったりしても諦めてはダメ。評価・賞与・役職の任免などを使い、あらゆる手で落とし前をつけてください。ここは他の社員たちがしっかり見ています。「バレたら倍返しか。あまり得策じゃないな」と思わせられれば、将来にわたって抑止効果を生むことができます。
【申請承認制度の完備】 根本的な対策としては、申請承認制度を完備し、相手を懲戒・不適任に問える仕組みを整えることです。
「完備」というのは、申請者と承認者がどのように責任を負うのかを明確にすることです。「承認したんだから、もう上の責任でしょ」とはならないルールにしておく必要があります。
例えば、申請者が必要書類を揃え、申請書のすべての欄を埋めて承認者に回すルールになっていたのに、書類を添付せず、未記入欄を残したまま回したとしましょう。承認者はまだ赴任してきたばかりで、ルールを理解しないままサインしてしまいました。
これが後から発覚した場合は、どの段階でどういう手続きがなされたか、遡ってチェックしていきます。
不備のある申請を承認してしまった以上、承認者が責任を免れることはできません。会社から正式に注意を受けることもあるでしょう(赴任直後なら多少は大目に見てもらえるかもしれませんが)。
一方、社歴も長く、実務を知り尽くしているはずの申請者も逃げ得とはいきません。申請フローはすでに徹底されていて、導入時にはルールの説明も受けている。なのに今回だけあえて違うやり方で出したとなったら、悪意の申請である可能性が高いですよね。これを厳罰に処せるようにしておく必要があります。
そのためには、 ①手続きに不備がある場合は申請者に責任を問う ②手続きを踏んだか踏んでいないかのエビデンスが残るようになっている という仕組みにしておくことです。
なお、エビデンスを残す責任も申請部署が負うようにします。こちらとしては、エビデンスが「残っていてアウト」でも、エビデンスが「残っていないからアウト」でもいいので。
こうして責任の所在を明らかにした上で、懲戒処分に該当すれば処分します。懲戒まではいかない、ただ本来のルール通りの運用ができていなかった、その上司である部長や課長もチェックできていなかった時は、上司に管理者としての適性を問えるようにしておきます。
これで上司も脇を締めるため、不正な申請がやりにくい状況を作れます。逆に、このようなルールを整備しておかないと「サインしたら負け」の世界になってしまいます。
この仕組みづくりの部分は私たちも代行しています。不正防止・健全性確立プログラム「DAC DOCK」で、制度を完備し、その後の運用をサポートし、不正があれば処分までやります。興味があればお声がけください。
予防策は重要ですが、それでも漏れはあります。漏れた時には、必ず一罰百戒でけじめをつけてください。事前と事後で挟んで対策することです。
「簡単にはやらせない」「やると高くつく」という仕組みづくりをすると、赴任者の交代期だけではなく、日常的に管理レベルが上がり、どんどん不正がしにくい環境になっていきます。
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多文化混成組織の支援家、Dao and Crew 船長。 事業環境のシビアさでは「世界最高峰」と言われる中国で、日系企業のリスク管理や解決困難な問題対応を 15 年以上手がけ、現地で「野戦病院」「駆け込み寺」と称される。国籍・言葉・個性のバラバラなメンバーが集まるチームは強いし楽しい!を国内外で伝える日々。